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『家族を想うとき』

 この世界に確実に存在しているであろうごく普通の家族を、その日常を、その現実を描いているだけなのに、こうも胸締め付けられるものだろうか。『わたしは、ダニエル・ブレイク』に勝るとも劣らない衝撃が、リアルがそこにはあった。

 世の中は、社会は、世間は、誰にでも分け隔てなく優しいわけじゃない。正しい者に、賢い者に、ルールを遵守できる者にその恩恵を施してくれるが、そうでない者には容赦がない。自業自得だと、自己責任だと、身から出た錆だと一蹴し、見向きもしない。でも、人間、誰しもが器用に生きられるとは限らない。上手くいっていたとしても、不意の出来事が、予期せぬ事態が、イレギュラーが絶対に付き纏う。保険に加入していれば、ある程度の蓄えがあれば、力強いコネクションがあれば切り抜けられもするが、それすら持たぬ人達は一体どうしたら良いのだろう。

 たった一度のミスが命取りで、一握りの善意や良心は何の救いにもならなくて、僅かに見えた希望すら、些細なことで潰えていく。生きるために働くのか、働くために生きるのか。追い込まれていけば、自分が一体何のために、誰のために生きているのかさえ不鮮明になっていく。そうしてリスクばかりが増えていく未来に何の希望も見出せず、戻ることなど許されない過去の輝かしき日々に想いを馳せる。

 皆自分が大切だ。自分の家族が大切だ。見知らぬ他人と天秤に掛ければ、どうしたって自分の大切な方が重くなるに決まっている。そうではない人もいるけれど、大切だと思える人達の領域が膨大な人もいるけれど、皆がそうあるわけではない。平常時であれば何の問題もないが、いざという時には、自分の守りたいものを守るため、それ以外を切り捨てる。そういった人の方が大多数。そんな世の中でこそ、隣人を愛する姿勢や善意や良心が人々の希望になっていくはずなのだが、現実はどうだろう。ぼく達はどうだろう。その心や葛藤が描かれていくため、劇中の家族には強く寄り添えるが、ぼく達の身近に存在する見知らぬ他人の心や家庭事情までは読み取れない。

 劇中、足を失った犬が飼い主に連れられ散歩をしているシーンが一瞬あった。たとえどんな状況になろうと、ぼく達は生きていかなければならない。どれだけの絶望的状況に陥ろうと、諦めなければきっとどこかに居場所はある。それを見つけ出すのが一苦労だけど、死を選んでしまった方がラクに思える時もあるだろうけど、何のために働くのか、誰のために働くのか、納得のいく答えを得た状態で生きていく術はあるはずだ。ただ、道はあまりにも険しく、年々険しさは増していく一方。その道を補修したり整備できるのは、今を生きるぼく達だけ。

 この社会が抱えた問題を、本来誰もが向き合わねばならない問題を、ケン・ローチはぼく達に投げかけてくれた。ぼく達には一体何ができるだろう。

青春★★★★
恋    ★
エロ★
サスペンス★★★★★
ファンタジー★
総合評価:A