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『マリッジ・ストーリー』

 誰もが“恋”を“愛”だと過信する。ないのにあると履き違えたり、あるのにないと見誤る。その結果、傷つけ合ったり別れを選ぶことになってしまう。もしそれが本当に愛であったのなら、絶対になくならない。なくなってしまったのなら、所詮それは恋でしかなく、端から愛など存在していなかったということ。誰もが到達できるものではないからこそ、「愛」という言葉には特別な重みが宿っている。

 けれど、愛を確信することは難しい。一体何をもってそこに愛があると断定できるのだろう。また、そこに愛があったとて、必ずしも幸せな時間ばかりが続くとも限らない。人生には辛い瞬間や苦しい期間、耐え難い理不尽を強いられることだって必ずある。それらを共に乗り越えていく過程にこそ、愛の有無を確かめるチャンスが見え隠れしてくるのかもしれない。この作品を観ていてそう思えた。

 好意を抱く相手との関係が深まれば、自ずと相手の良き部分が見えてくる反面、嫌な部分だって確実に見えてくる。誰にだって弱みや欠点は付き物なのだから。それでも相手と一緒にいることを選べるのだとしたら、良き部分が嫌な部分を払拭してしまうだけの輝きを放っているからに違いない。互いに互いの利点や欠点を把握し補い合えば、一人では目にすることのできない景色や幸福にだって辿り着けるはず。その可能性のようなモノに愛の片鱗を見出すことで、ぼく達は自分以外の他者と共に生きていく道を選択するのではないだろうか。

 ただ、そういった関係性はとても絶妙なバランスで維持されており、たった一つでも何かがズレてしまえば、崩壊してしまうリスクが付き纏う。気付かぬ内に抱え込んでいたフラストレーション、決定的な裏切り、時の流れと共に違えていく未来像など、要因は人それぞれに様々だが、良き部分の輝きが損なわれ、嫌な部分を見逃すことができなくなった時、それまで築いてきた関係性は大いに形を変えてしまう。そして、一度崩れてしまったバランスを元に戻すのは容易じゃない。良き部分を凌駕してしまった嫌な部分を完全に払拭するだけの輝きなんて、そうそう放てるものではない。嫌な部分ばかりが酷く目に付くようになってしまえば、変わらずにそこにあるはずの良き部分を見落とし、まるで存在していなかったかのように捉えてしまいがち。

 意地を張った心では、絶好の機会さえも取り逃がす。怒りに囚われた心では、相手を傷付けることも厭わなくなり、思ってもいない言葉さえ口の中から飛び出してくる。曇ってしまった心では、到底愛の在り処など見出せない。些細なすれ違いが不和を生み、言葉の行き違いが誤解を孕み、疑念から生じた行動が溝を掘る。恋はいつだってカンタンだけど、愛はいつだって難しい。

 最低限のルールやモラルはあれど、人生に正解がないように、恋愛にも正解はないと思う。仮に愛を確信できたとしても、それが=幸福ということでもないのだと思う。添い遂げることだけが愛ではないことを、たとえそれが望んだ結果ではないにしろ、後悔や自責の念を抱えたまま愛を確信することがあるかもしれないことを、この作品を通して垣間見た。ラストシーン、思わず涙がこぼれ落ちた。

 

 Netflixで、スマホ画面や家のTVで観るのも大いに結構ですが、良い映画は是非とも劇場で観て頂きたいがぼくの本心です。

青春★★★★
恋    ★★★
エロ★
サスペンス★★★★
ファンタジー★★
総合評価:A