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『アイリッシュマン』

 とある渡世人が、「そうよ、人生は賭けよ」と言っていたけれど、本当にその通りだと思う。どれだけ安定や安寧を求めて確実性の伴う道を歩もうと心掛けていても、不意の出来事や予期せぬ事態、想定したり対策を練ることなど許されない苦境が時として人生には訪れる。確実なものなど何もないのが世の中で、そんな中であろうとも、価値ある何かを見出せることにこそ意義がある。スコセッシ×デ・ニーロ9度目となる映画界最強タッグが描くのは、実在した殺し屋の半生。その男が辿った人生の旅路を目の当たりにしていく中で、今を生きるぼく達にも通ずるたくさんのことが垣間見えてくる。

 他者の存在は、自分という人間の器を量るためには必要不可欠。他者との関係性や繋がりを通して変化したり突き動かされていく心が、自らの歩む道筋を決めていく。噛み砕いて言えば、日々他者と関わっていく中で良くも悪くも刺激を受け、ぼく達はこの人生を生きている。自身より格上だと思える相手と接したのなら、必死に食らいつき這い上がるか、ビビってしまい身の丈に合った領域へと引き下がる。自身より格下だと思える相手と接したのなら、より良き道へと導くために力を貸すか、ぞんざいに扱ったり力を誇示することに囚われる。嫌なモノの見方かもしれないが、そういった駆け引きが誰の心の中でも行われてはいないだろうか。

 信頼に値する人物か否かを見誤れば、相手の技量や才覚の有無を見誤れば、今ある状況や置かれている立場を見誤れば、それ相応の結果に直面するのが道理。劇中において、登場人物達の死因が逐一表示されるのは、その表れであったように思う。そして、ロバート・デ・ニーロ演じるフランクは、ひとつひとつの行動や選択、他者を見極める感覚が秀でていたからこそ、数多の信頼を勝ち取り、マフィアの世界において確固たる地位を確立させていく。細部は異なれど、それらの理は、あなたやぼくが生きる日常においても共通のはず。

 ただ、人生に絶対はあり得ない。ふとしたキッカケや状況の変化によって、それまでのやり方や価値観が通用しなくなることもあるだろう。年齢を重ねていく中で研ぎ澄まされていくモノもあるが、選択を誤ったり、心のアンテナの感度が鈍ったり、大事なモノを手放してしまうこともあるだろう。時の経過と共に視野が広がっていく中で、見落としていた己の過ちや大切な何かに気が付くこともあるだろう。やり直しや贖罪の機会を得られれば良いが、手遅れなこと、許されることのない罪というものも存在する。全てを俯瞰で見据え、多くを掌握したつもりでいても、他人や自分を知る努力を怠れば、どんな世界であれ、仁義を欠いてしまえば、虚無の世界へと誘われる。ラストシーンの男の姿が、人生における多くを物語っていた。

 209分、約3.5時間の上映時間。中身がとんでもなく骨太なこともあり、全く苦にならなかったけれど、コレはスクリーンかスクリーンに匹敵する環境で観ないと集中力が持たない。少なくとも、家のTVで観たんじゃぼくには無理。そして、年齢を重ねていけばいく程に、より強く響く作品と化していくのだと思う。5年もしくは10年毎に観返し、その都度自分が何を思い、どこに共感できるのかを確かめていきたい。『グッドフェローズ』『カジノ』に連なるマフィア映画の集大成は、人間がどう生き、どう死ぬのか、人生の酸いも甘いもをも映し出すド傑作の領域にまで達していた。

 今この時代にギラギラしたマーティン・スコセッシを、ロバート・デ・ニーロを、アル・パチーノを、ジョー・ペシを観られる至福の時間、映画好きにとってはご褒美のような映画。配信も良いけど、ぜひ劇場でご覧ください。良い映画であればある程に、スクリーンで目にすることに価値があると思います。

青春★★★★
恋    ★
エロ★
サスペンス★★★★★
ファンタジー★★★
総合評価:A